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FIS

"e-on Ruhrgas" FIS World Cup Ski-Jumping
vodafone Vierschanzentournee
2005-2006

Garmisch-Partenkirchen
Jan 1, 2006


謹賀新年

Garmisch-Partenkirchen

Hill Size: 125m
K-point: 115m
Meter Value: 1.8 pt/m

結 果

前人未踏のジャンプ週間全勝優勝のスベン・ハンナバルトの引退、ドイツにジャンプ・ブームを呼んだマルティン・シュミットの不調、とドイツのジャンプ熱が下がって熱狂的なシュミットマニアなどの女の子がいなくなり、2年ぶりに訪れた今日のガルミッシュ・パルテンキルヘンは、当時とくらべると随分と観客も少なかったが、年末年始の恒例行事、お祭り気分は最高潮。いつもの楽しい雰囲気がいっぱいに詰まった2006年元日のゲームとなった。

ジャンプ日本、ついに覚醒!

オベルストドルフでの岡部の4位入賞で日本チームの気運は一気に上昇し、続く、ここ、ガルミッシュ・パルテンキルヘンでは葛西が予選1位で通過!本選の今日、2006年1月1日は朝から雪がちらつく曇天、風も穏やかなジャンプ日和。トライアルを飛び終えて引き上げていく葛西の様子には明るさと自信が見え、チームの雰囲気もなかなか良さそう。2001年元日、新しいdecadeの最初の優勝をこのガルミッシュで飾った彼の勇姿をまたここで、と期待が膨らむ。

1本目、好調の岡部が11組目に登場。平均91.5キロ以上の中、1〜1.5キロ落ちの90.2キロのアプローチスピードでありながら、116.5mを飛び、BT上の表情はにこやか。電光掲示板のトップにその後しばらくOKABEの名前がのっかっていた。最終組には葛西とヤンダ。ヤンダもスピードは90.8キロと決して速くはないが最長不倒の125mを記録し葛西に競り勝った。葛西はそれでも119mを飛びラッキールーザーの席を得て2本目へ。

結局、この125mの最長不倒を飛んだヤンダが、2位のアホネンと距離点は同点、2.5ポイントの飛型点の差でこの日の優勝をかっさらっていった。日本にとってまだ表彰台は遠く、この日は岡部が1165メートル、118メートルを飛んで2386点で10位、葛西は2363点で12位、伊東は2131点で26位で終わった。

ヤンダとアホネン、好調の二人のジャンプは一枚上の空気の層を通っているよう。特にヤンダは飛び出した瞬間、跳ね上がっているようにもみえる。
久しぶりに見るヤンダは髪を金色に染めてヘルメットをぬぐとまるで別人。元日本のヘッドコーチ、バシャ・バイチの指導のもとすっかり生まれ変わって、今や表彰台の常連となった。

誰が何としても止めることのできなかった数年前のマリッシュの強さの秘密は踏み切りにあった。そして今、その踏み切りを身につけた他の選手がどんどん飛び始め、マリッシュは今や平均的な選手と目に映る。アプローチスピード、板の長さ、身長は飛距離には関係ない、要はいかに踏み切りの力を有効に伝えるかなのだ、ということは数字をみるだけでも見えてくる。

新日本のヘッドコーチ、ユリアンティラの横顔が大画面に何度も大写しになった。何回か見かけたことはあるけれど、改めてこの人が今の日本チームを五輪にむけて、そして札幌WMへ向かってひっぱっているのかと少々珍しい気持ちでみた。
オリンピックを目前に控えて、Eurosportsで Mission to Turin としてシモン・アマンの特集があった。ソルトレークでは突然好調になってLH/NHとも金メダルを大喜びでとっていった魔法の靴をはいたハリー・ポッター、アマン。不思議なことにオリンピックイヤーの今年、また上向いてきている。同僚のキュッテルが同様に、いや、それ以上に好調ときた。オリンピックは別物、勝利の女神は別人らしいと思い知らされたソルトレーク五輪。今年はどうなるのか。。

案の定、連れていった子供は試合の途中で泣き喚き始め、いくら騒々しい会場でも赤ちゃんの泣き声はサイレンのように効果的。すみません、といわなくても人がよけてくれ、どんどんと道が開けていきました。なもんですから、写真もレポートも中途半端ですが、ジャンプ週間での越年はやはり最高!でありました。足りない点はJスカイさんの放送をお待ちください。

明日は移動日でオヤスミ、3日からインスブルック。
折角です!!表彰台のどこかに日本のハタがほしい!!

©2006 text & photo: Kikuyo Yatabori